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東京地方裁判所 平成6年(レ)164号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

乙山二郎

丙川三郎

右両名訴訟代理人弁護士

田中喜代重

被控訴人(附帯控訴人)

甲野太郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)らは、被控訴人(附帯控訴人)に対し、各自金一万九八二四円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を被控訴人(附帯控訴人)、その余を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人)ら

1  (控訴の趣旨)

原判決中、控訴人(附帯被控訴人)ら敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

2  (附帯控訴の趣旨に対する答弁)

被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

二  被控訴人(附帯控訴人)

1  (控訴の趣旨に対する答弁)

控訴人(附帯被控訴人)らの控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。

2  (附帯控訴の趣旨)

原判決中、被控訴人(附帯控訴人)敗訴部分を取り消す。

控訴人(附帯被控訴人)らは、被控訴人(附帯控訴人)に対し、各自金三〇万九四二〇円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人(附帯被控訴人)乙山二郎(以下「控訴人乙山」という。)は、東京都豊島区西池袋〈番地略〉所在の喫茶店「南」(以下「南」という。)のマネージャーであり、控訴人(附帯被控訴人)丙川三郎(以下「控訴人丙川」という。)は、南を経営して控訴人乙山を使用していた者である。

被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という。)は、平成五年一月一九日、南に客として入店した者である。

2(一)  控訴人乙山は、同日午前零時三〇分すぎ、被控訴人を南の客として入店させるかどうかをめぐり同人と口論となったことから、これを解決すべく、同人とともに池袋警察署池袋西口派出所に赴いた際、同所警察官に対し、平成五年一月一四日に被控訴人が南店内で騒いだ旨虚偽の事実を申告した。

(二)  同日午前二時ころ、控訴人乙山は、前記派出所から南に戻り客として入店した被控訴人に対し、南の規定で二時間以上在席する場合追加注文しなければならないとされていることを理由に、追加注文を要求し、被控訴人が、入店後二時間経過していないこと、店内にその旨の掲示がないこと等を理由に反論、抗議すると、突然、同人の顔面、肩及び腰部を手拳で一〇数回以上殴打する等の暴行を加えて、一週間の安静加療を要する顔面、右肩関節及び腰部打撲の傷害を負わせた上、客の面前で同人を強制的に店外に連れ出した。

(三)  控訴人乙山は、その後、被控訴人を前記派出所に連行し、同所警察官に対し、同人が無銭飲食をした旨虚偽の事実を申告した。

3  被控訴人は、控訴人乙山の右行為により、治療費一万四七二〇円、交通費一二〇〇円、衣服破損代一五〇〇円、同洗濯代二〇〇〇円、休業損害一四万円及び慰藉料一五万円の合計三〇万九四二〇円の損害を受けた。

4  よって、被控訴人は、控訴人乙山に対しては不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償請求として、控訴人丙川に対しては使用者責任(民法七一五条)に基づく損害賠償請求として、各自右損害合計三〇万九四二〇円及びこれに対する不法行為の日である平成五年一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は明らかに争わない。

2  同2の各事実は否認する。

控訴人乙山のなした有形力の行使は、追加注文に応じない被控訴人に南からの退出を求めたにもかかわらず、被控訴人がこれに従わなかったため、ウェイターの丁田四郎とともに被控訴人の手を取って立ち上がらせようとしたことと、被控訴人が厨房裏の通路に逃げようとしたことからそれを制止すべく被控訴人の腕を引っ張ったことだけであり、違法性を認められる程度には達していない。

また、控訴人乙山は、マネージャーとして南の管理全般を掌握し、店内の秩序維持のため不適当な客の入店を拒否しあるいは退出を求める権限を有するところ、被控訴人は、本件以前にも南に来店し、店内の音楽について身勝手な無理強いをして言い争いになった(その際、追加注文の規定についても説明を受けた。)ことから、南を逆恨みし、本件当日も、控訴人乙山らの入店拒否や退去要求にもかかわらず、南に入店し、店内を徘徊したり従業員の電話番号を問いただす等の嫌がらせをし、さらに、南の入店をめぐり池袋西口派出所に赴きながら、勝手に南に戻って居座り、控訴人乙山の追加注文の要求を拒否する等、自ら望んで南従業員を挑発したものであって、かかる被控訴人の言動に徴すれば、控訴人乙山が被控訴人に対して退出を求め、あるいは、客の出入りが認められていない厨房方向に被控訴人が至るのを制止するため、ある程度の有形力の行使がなされても、自力救済として違法とはいえない。

なお、被控訴人の受傷自体、加療一週間程度の打撲傷ということで極めて軽微であり、他覚所見が存在しなくても被控訴人の愁訴だけでも診断書が作成されるものと思料され、仮に何らかの他覚所見があったとしても、事件直後に医師の診断を受けておらず、交番の警察官も傷害事件として立件していないことから自傷行為の蓋然性も極めて高いといえる。

3  同3の事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、控訴人らが明らかに争わないので、自白したものとみなす。

二1(一) 同2(一)については、証拠(略)によれば、平成五年一月一九日午前零時すぎころ、被控訴人が南に客として入店しようとしたところ、控訴人乙山は、被控訴人が以前南に来店した際に店内音楽や追加注文をめぐって従業員らと口論になったことから、被控訴人の入店を拒否し、右拒否の是非を判断してもらうべく同人とともに池袋西口派出所に赴き、同所警察官に対し、被控訴人の入店を拒否した事情を説明したことが認められるものの、控訴人乙山の具体的な発言内容を認定するに足りる証拠はない。

(二) 同2(二)については、証拠(略)によれば、控訴人乙山が、右(一)に認定のとおり警察官に事情を説明している間に、被控訴人は一人で南に戻っていたため、控訴人乙山は、被控訴人の入店をやむなく認め、同人の注文によりカフェ・オ・レを出したこと、被控訴人の入店から二時間が経過したので、控訴人乙山は、被控訴人に対し、南の規定に基づき、このまま在席するのであれば追加注文をするよう要求したところ、被控訴人が、入店から二時間経過していない、店内に追加注文の規定を表示していないなどと大声をあげて拒絶したことから、控訴人乙山は、他の従業員とともに、在店しつづけようとする被控訴人の腕を取って立ち上がらせ強制的に店外に連れ出したが、その際キッチン横(裏)の狭い通路部分等で被控訴人と揉み合いになり、同人の身体が店内の仕切り壁等にあたったり、同人のスーツがごみ箱に触れる等した結果、着用していたシャツのボタン三個が飛び散り、スーツを汚損したことが認められる。

(三) 同2(三)については、証拠(略)によれば、控訴人乙山は、(二)に認定したとおりの経過で、被控訴人を南の店外に連れ出した後、同人らとともに再度前記派出所に赴いたが、その後、被控訴人は、またも南に戻って着席していたこと、控訴人乙山は、午前四時すぎころ、被控訴人に対し、カフェ・オ・レの代金を請求したが、拒否されたため、同人を前記派出所に連れて行き、同所警察官に対し、同人が無銭飲食をなした旨申告したが、同人が前記衣服の破損代及び洗濯代の支払と引換えにカフェ・オ・レの代金を支払う旨返答し、同所警察官からも説得されたため、右代金を請求しないこととしたことが認められる。

(四) 次に、証拠(略)によれば、被控訴人は、同日午後、控訴人乙山の暴行に関し、同人を告訴するため東京地方検察庁に赴いたが、告訴が受理されなかったこと、同月二〇日、タクシーで池袋大久保病院に行き、診療を受けた上、約一週間の通院加療を要する見込みの右肩関節、腰部及び顔面打撲傷との記載のある診断書(甲第一号証の一)の交付を受けたことが認められる。

2  被控訴人は、控訴人乙山らから受けた暴行により傷害を負った旨主張し、控訴人らはこれを争うとともに、右傷害が被控訴人自らの行為により生じた可能性も示唆するところ、前記認定のとおり、控訴人乙山らが被控訴人に対して行った暴行は、少なくとも衣服(シャツ)のボタンが三個飛び散る程度のものであり、かつ、右暴行に伴って被控訴人の身体が南の店内設備に少なからぬ勢いで接触してもおり、被控訴人が右のような有形力の行使により軽微とはいえ傷害を負った蓋然性は十分に考えられるところ、被控訴人は、翌二〇日に前記1(四)のとおり約一週間の通院加療を要する見込みの右肩関節、腰部及び顔面打撲傷との診断を受けたものである。そうすると、他に右傷害を生ぜしめた原因を認めがたい本件においては(控訴人らは、右傷害が被控訴人自らの行為により生じた可能性も示唆するが、これを伺わしめる証拠は存在しない。)、右傷害は控訴人乙山らの右暴行に起因するものと認めるのが相当である。

なお、被控訴人が受診したカルテ(乙第一号証)には、右傷害について、傷病名として右肩関節、腰部、顔面打撲傷との記載があるほかは特段の記載は見当たらず、被控訴人自身も、当審における本人尋問中で、痛みはあったが打撲傷の明瞭な外見的症状は見られなかった旨供述しているものの、被控訴人を診察した医師は、最終的には、その専門的知識に基づいて、打撲傷の存在を肯定する内容の前記診断書(甲第一号証の一)を作成しており、右診断の内容を否定すべき特段の事情ないし証拠も存在しない。

3 なお、控訴人らは、控訴人乙山が被控訴人を南の店外に連れ出すために用いた有形力は、違法とは評価できない程度に軽微であり、かつ、被控訴人の嫌がらせないし挑発行為に対抗するために行ったものであるから違法性は否定される旨主張するところ、前記認定のとおり、被控訴人は控訴人乙山の拒否にもかかわらず入店し、さらに、追加注文の求めにも応じることなく在席しつづけようとしたものであり、その背景には、被控訴人の南関係者に対する不快感が介在していたことは想像に難くないものの、他方、控訴人乙山らの対応に関しても、南の追加注文に関する内部的な方針を被控訴人に押しつけようとした点で問題がないとはいえず、まして、被控訴人がこれに応じないからといって、物理的強制力を用いて退去を強制することが許されるべきでないことはいうまでもないことであって、右物理的強制力の程度も被控訴人に軽微ながら傷害を負わせる程度であったことも考慮すると、控訴人乙山の行為について、その違法性は否定し難いものというべきである。

4 控訴人乙山の行為は、南の営業中に来店した被控訴人に対し、入店拒否及び追加注文に関する紛争を契機として行われていることに照らすと、同店の事業の執行につきなされたものといえ、控訴人丙川は、控訴人乙山の不法行為について、同人の使用者として不法行為責任を免れない。

三  請求原因3については、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、控訴人乙山の前記二1(二)の行為により、治療費一万四七二〇円、通院交通費として自宅から受診病院までのタクシー代六〇〇円、衣服破損代として紛失したボタン三個の代金相当額一五〇〇円及び衣服洗濯代として汚損したスーツの洗濯料金一五〇〇円(被控訴人(当審))の損害を受けたことが認められる。しかしながら、被控訴人が本件当日には病院にも行かず、前記病院での診断も加療一週間見込みの右肩関節、腰部及び顔面打撲傷という軽度のものであること、他に特段の治療を受けたことも認められないこと等の事情に照らせば、仮に被控訴人が本件事件後休業していたとしても、右休業と控訴人乙山の行為との間に相当因果関係を肯認することは困難である。

次に、前記認定事実(なお、前記二1(一)及び(三)の控訴人乙山の警察官に対する言辞は、いずれも同人が被控訴人との争いを解決してもらうため中立的な立場にある警察官に対し自己の主張を述べたに過ぎず、控訴人乙山の申立ての結果警察官が被控訴人に特段の不利益を与えたことも認められない。)によれば、控訴人乙山の行為により被控訴人の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は一万円と認めるのが相当である。

よって、被控訴人の受けた損害の合計額は、二万八三二〇円である。

四  しかしながら、前記認定事実によれば、控訴人乙山の本件行為は、被控訴人が、南のマネージャーである控訴人乙山の申入れをことごとく拒否し、あえてその希望するところに反する行為を行ったことなどに触発されたものともいえ、被控訴人側の対応としても、自己の言い分を貫く態度に強引な点があり、これが本件の一因となったという面で、落ち度があったというべきであるから、被控訴人の請求は、右損害額から過失相殺として三割を控除した一万九八二四円の限度で理由がある。

五  以上のとおり、被控訴人の本訴請求は控訴人らに対し各自一万九八二四円及びこれに対する不法行為の日の平成五年一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、原判決を右の支払を命じる限度で変更し、被控訴人の附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民訴法八九条、九二条、九三条、九六条を、仮執行宣言について同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官八木一洋 裁判官中山雅之)

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